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カルゴンのガラパゴス日記

世の中の進化に適合できない管理人「カルゴン」が、ビジネスの亊から日常の出来事などを徒然なるままに書くブログです。ちなみにガラパゴス諸島には行ったことはございませんので悪しからず。

山崎豊子

26

沈まぬ太陽

今日(書いている内に昨日になったが・・)は法事だったが、24日から公開された映画、沈まぬ太陽をレイトショー(20:00〜23:20)で観ることにした。

山崎豊子原作で曰くつきの小説の映画化ではあるが、あの重厚なストーリーをどのような切り口で映像化したのかがとても楽しみに(気に)なっていたのだ。
 

あらかじめ10分間のインターミッションがあるのは知っていたが、やはり上映時間が3時間超えというのはとても長い。しかし、沈まぬ太陽を3時間でまとめるのもさすがに無理が遭ったのではないかというのが自分の感想だ。(好きな小説だからこそ厳しい評価になるのだ)
 

小説では1,2巻が、懲罰人事により海外の僻地を足掛け10年間もたらいまわしにされ、それが表沙汰となって国内に戻れることになるまでの話。3巻が例の墜落事故により遺族係になる話。そして4、5巻が会長室編で不正と戦う話と時系列に進むのだが、映画では冒頭から123便の墜落事故でスタートし、その間に回想的に過去の不当配転に至る経緯を挟むという編集方法で前半は進んでいく。
 

これだと確かにスムーズに御巣鷹山編を物語に組み込み易いのだろう。しかし、そのお陰で海外僻地勤務時の物語がとても薄くなってしまった。10年間も左遷されて僻地をたらい回しされたという印象が皆無なのだ。まあ、子供達がいきなり大人になっていることで、時間が経過したということはわかるのだが・・
 

確かに冒頭からいきなり泣かせてもらったが、個人的にはものすごくもったいない気がした。映画も小説と同じく時系列的な編集であればもっともっと感情移入が出来て泣けただろう。
 

旧組合の委員長(それも無理やり頼まれてだ)として、事故が頻発していることから待遇改善を求めたはずなのだが、その前後に起きた人為的なミスや怠慢により発生した墜落事故のことをまったく挟まなかったので、単なるボーナスアップを目的とした団体交渉にしか見えなかった。(これも演出としてはきわめて不味いだろう)

次いでテヘランから家族は日本へ帰国する便に乗り、自分はさらに遠くのナイロビ行きに乗る別れのシーン。
小説を読んだ時にはぐっと来た部分だったが意外にあっさりしていたのもとても残念だった。ここはアフリカ編のハイライトシーンなのだ。ここも子供が現地の学校に行くシーンや、現地の子供にいやがらせされるシーンなどの苦労話を挿入しないから、その妻と子供を見送るときの恩地が一体どういう思いだったのか、普通に見送った時とはどこが違うのかがわかり難く、どうしても感情移入が中途半端になってしまったように思えた。 
 

要するに、無理やりすべてを3時間に纏めたためにそれぞれのパートがみな薄くなってしまったという印象である。山崎豊子は反対したらしいが、やはり私は2部作にするべきだったと思う。恐らく小説を読んでいない人にとってはとてもわかりにくい映画になってしまったのではないだろうか。 それが少し心配である。
 

あとはネタばれになるとは思うが、飛行機のCGはすべてショボイ。もうちょっと頑張れなかったものか。なんだか10年前にもこれくらいのCGはあったぞ、と言いたいレベルだった。それからいい役者もたくさん出ているが、主役の一人、行天役の三浦友和は悪役という印象が薄いだけにちょっとイメージが合わないように思った。白い巨塔の財前役や今放送中の不毛地帯の壱岐正役が嵌まっている唐沢寿明のほうがはまり役だったのではないかと思う。決して三浦行天のすべてがダメというわけではないが・・まあ、私も映画は素人なので、あまり言い過ぎないようにしよう。
 

観て損はしない映画だと思うが、小説も読んでからの方がいいだろう。予備知識が無いと3時間は辛いかもしれない。

17

不毛地帯

いよいよ「不毛地帯」のドラマがTVで始まった。自分の頭が不毛地帯だなんて寒いギャグはこの際横においておく。

以前から山崎豊子の作品が大好きでほとんどの作品は読んでいるのだが、その最初の出会いとなった作品がこの不毛地帯だ。
 

自分が高校生の頃に父親の本棚に有った単行本を借りて読んだのだが、当時はあの戦争のことも総合商社のこともよく知らない自分であったにも関わらず、小説の内容がとても面白く、全4巻というボリュームではあったが一気に読んでしまったことを思いだす。以来、「華麗なる一族」、「女系家族」、「大地の子」、「白い巨塔」など、山崎豊子の書いた小説は次々と貪り読んだ。
 

いずれも映画化やドラマ化されヒットしていることから小説としても名作であることは紛れも無い事実と思う。

氏の小説で共通しているのは、すべて事実を題材にし、類まれなる取材力を通して迫力あるストーリーを構築するところだろう。ただ、当時はそのようなことも知らずに、ただただ主人公が追い込まれる困難や最後の結末に驚いたり、感動したりしていた。
 

それらの小説には必ずモデルとなった企業や人物があることを私が知ったのは映画化され今月24日から公開される予定の「沈まぬ太陽」を読んでからのことである。
 

ネットで検索すると色々な情報が飛び交っている。例えば、モデルとなった企業のこと、主人公のこと、それらが必要以上に美化されている、事実を歪曲している等。(沈まぬ太陽の御巣鷹山編では事実と虚構の混在が批判されているが)
 

ただ、自分はこう思う。ノンフィクションであるなら主人公も企業名も実在したものとする必要があるが、あくまでも架空の企業、架空の人物の物語であるのなら、これは立派なフィクションといえるのではないか、と。

今ドラマでも冒頭には、「このドラマはフィクションである。類似の企業、人物がいたとしてもそれは単なる偶然のことである」と表示されるのが見ていてとても滑稽に思えた。ドラマは今はやりの優れたCGを多用することで、時代背景のチープさがなく、配役も一流の役者揃いである。第一回目の放送では陸軍の百式司偵3型が登場したが、時代考証もなかなかしっかりと出来ているようだ。
 

原作の良さもあってこれで面白くない訳がない。しばらくは毎週木曜日がとても楽しみになった。
 

DSCN0036.JPG
沈まぬ太陽一色の三省堂書店(札幌ステラプレイス店で)

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