統率の外道と言われる特攻。その特攻兵器の一つ、人間魚雷回天を乗せて南太平洋で戦った帝国海軍潜水艦伊56の物語だ。
水面に上がれば発見される。高温、高湿度の中、耐え難い喉の渇きや次第に充満していく二酸化炭素。攻撃が止むまでは眠ることもままならず、処理出来ないまま溢れてゆく厠の匂いと油の匂い。いつ終わるかもわからない米軍駆逐艦の爆雷攻撃。外殻が壊れたら即座に海の藻屑となってしまう耐え難い恐怖。たった一枚の鉄の殻で守られているだけの自分の生存空間で、冷静に音も出さずに耐えぬく乗組員たち・・
十分な空気が廻りにあるにも関わらず、読んでいる自分までもが過呼吸に陥りそうな感覚になってくる。
当時の潜水艦はまさに鉄の棺であったのだろう。そこには何の誇張も感じない。しかも人間魚雷などは本当に胸糞が悪くなるシロモノである。なにしろ自分の体を吹き飛ばすための起爆信管を自分でセットして敵艦へ突入するのだ。そして万一信管が故障した場合には電気的な起爆装置のスイッチを自分で押す。さらにそれも適わず水中に沈んだ場合を考慮し、青酸カリ一包を持たせられるのである。
そんな極限の状況を強いられた回天の乗組員たちはいかほどの苦しみを味わったのだろうか。そして学徒動員された学生をこのような残酷な兵器で死地に送り出す海軍の幹部達の気持ちはいかほどであったのだろうか。
この本は辛くも無事に生還出来た軍医による伊56号乗組員たちの苦闘の模様や、国や家族を思い回天に乗って敵艦へ突入し散って行くことになる若い搭乗員達の生きざま死にざまが記録された本である。
戦争に負けほとんどの都市が灰燼に帰した日本が、戦後わずか20年後には先進国としての地位を築くことが出来たのは、奇跡でもなんでもなく当時の軍事技術を民生化した製造業等の発展が大きいのだろう。この潜水艦等の造船技術や搭載する魚雷等は当時でもすでに世界トップクラスだったのである。この伊56号も偵察機を搭載できる当時の日本だけが発案し建造に成功した潜水艦であった。
軍人、非軍人問わず非常に多くの犠牲の上で今の日本の平和がある。我々はしっかりとその平和を守っていかなければならないとあらためて強く思う。